Interview

ふつうで美しい時計

Jul 16, 2021

深澤直人のデザインは「スーパーノーマル」と称されることが多い。彼は近著『ふつう』の中で「ふつうとは日常に散らばった点を結んだ線の輪郭のことだ。「ふつうはそうだろ」「そんなのふつうじゃない」「それふつうすぎない?」。誰もがきっとそう思っている、そう感じている、そう捉えている、という暗黙に共有する抽象の輪郭が普通の原理だと思う。私はその一見曖昧な抽象の輪郭を細くはっきりと見据えたい」と語っている。
刺激的ではないが、日常にすっと馴染み、それでいてどこか心に引っかかる。そういったデザインこそが、現在の深澤が目指すところである。

「時計をデザインする上で、スーパーノーマルであるかスーパースペシャルであるかを意識することはありません。しかしISSEY MIYAKEブランドとの付き合いが長くなるうちに、そのイメージが、自分の中に沁み込んできたのでしょう。なんでもシンプルにしましょうということではない。結局のところ、ISSEY MIYAKEらしいねと言われることが、すなわち“ふつう”なのです」

これまでに「TWELVE」(2005)、「TRAPEZOID」(2006)、「GO」(2011)という三作のISSEY MIYAKE WATCHを手掛けてきたが、どれもがさりげなく驚きのアイデアを隠していた。しかし2021年の最新作「ELLIPSE」(エリプス)は、それとは違った“ふつうさ”がある。モデル名の「ELLIPSE」とは楕円の意味。シンプルなラウンドウオッチに見えるが、実は丸をちょっと押し込んだ緩やかな楕円形のケースになっている。ちなみに時計業界では楕円型ケースをオーバル型と呼ぶことが多いが、エリプスとオーバルには明確な違いがあるという。

「エリプスとオーバルは、数学的にも概念的にも異なる楕円です。楕円型のケースは時計デザインのスタンダードなエレメントで、レディスウオッチで使われることが多い。これをメンズウオッチのケースに取り入れるのはチャレンジでしたね。エリプスの楕円は、既に使用することが決まっていたクロノグラフムーブメントの積算計の針軸の2点から割り出された楕円をベースに、エレガントに見えるように細長く形を調整しています。シンプルだけどちょっとふくよかな形状を、言葉で表現するなら“縦長の円”。言葉としては矛盾しているけど、それが一番しっくりくるかな」

円のようで円ではなく、楕円だが円に近いという形状は、ふつうで美しい。しかし制作現場にとっては、かなり厄介だったという。そもそも歯車の回転運動がベースとなるアナログ時計は、円がデザインの基本である。円形の風防と円形のケースを組み合わせる場合は、組付ける方向は関係ない。ところが楕円は組み合う場所が一か所しかないので、完璧な加工精度に加えて、組付ける際にも技術が求められるのだ。
「かん足を作らず、バンドの接続部をケース裏に隠すのもデザイン上のポイントですが、これをエリプスの形で作るのが相当難しかったようです。さらにケースの側面はすとんと切り落としたシンプルな面ですが、ムーブメントを上から組み込むために上下パーツの分割線がここに出てしまう。仕上がりが心配でしたが、予想以上に綺麗でした。セイコーウオッチの時計技術者の実力を知っているからこそ、技術とデザインで歩み寄りながら作っていく必要がある。エリプスもそうやって生まれた時計です」

さらに深澤は、20周年を記念するロゴマークもデザインしている。
「ISSEY MIYAKEのブランドフィロソフィーを意識しつつ、過激さも求められていると感じました。そこで各デザイナーが手掛けたサブブランドのロゴを使って“20”を描こうと考えたのです。これなら“みんなで集まって20年やってきた“というメッセージが伝わるでしょう。ISSEY MIYAKEは数あるファッションブランドの中で、人々の期待に応え、愛されてきたブランド。どこかのグループにも属さず独り立ちしている点でも、唯一無二の存在だと思います。ISSEY MIYAKE WATCHは、ブランドの世界観を表現する一つのアイテムとして生まれ、20年を経て歴史になり始めた。時計自体はアバンギャルドですが、それが今ではスタンダードになりつつある。だからいつだって、強いメッセージを投げ込まないといけないブランドだと思います」
次のアニバーサリーに向けて、ISSEY MIYAKE WATCHはここから新しいスタートを切る。

(インタビュー・文=篠田哲生)

DESIGNER

深澤直人

深澤直人 | Naoto Fukasawaデザイナー

1956年山梨県生まれ。セイコーエプソン、ID Two (現IDEOサンフランシスコ)、IDEO東京オフィス立ち上げを経て、2003年にNAOTO FUKASAWA DESIGNを設立。
人の想いを可視化する静かで力のあるデザインや思想に定評があり、国際的な企業のデザインを多数手がける。電子精密機器から家具、インテリア、建築に至るまで手がけるデザインの領域は幅広く多岐に渡る。
英国王室芸術協会の称号を授与されるなど受賞歴多数。2018年、「イサム・ノグチ賞」を受賞。多摩美術大学教授。日本民藝館館長。

NAOTO FUKASAWA DESIGN

  • Tako / maruni Photo by Yoneo Kawabe
  • team-demi / PLUS
  • Ayana / B&B Italia
  • Harbor / B&B Italia
  • Pao steel pendant / HAY