COLUMN
Nao Tamura about “1/6”

"流れる時"を丁寧に表現する道具としての時計

2019.06.07

「私の母は、イッセイミヤケの洋服が大好きでした。子供心に形や素材が面白いなと思って見ていましたし、個人的にはとても身近なブランドでしたね」。ニューヨーク在住のデザイナー、田村奈穂は語る。家具や照明、器など様々なジャンルで活躍している彼女だが、時計をトータルでデザインするのは初めての経験だった。

「時計は、針と文字盤という二次元の要素で情報を知らせますが、時計自体は立体的。しかも身に纏った瞬間に、"人となり"が見えてきますよね。つまり"エモーション"と"ファンクション"が共存しているのです。しかしエモーショナルな価値を表現する時計はたくさんある。むしろ男性デザイナーが男性用の時計を手掛けると、どうしても"所有欲"や"見られ方"といった感性的な部分が強く出てきてしまう。だったら逆に、女性だからこそ感性的な部分を、完全にそぎ落とすことができないかと考えたのです」

実は田村は、普段は時計を着けていない。しかし、このプロジェクトのスタートに合わせて時計を着ける生活を始めた。 「電車でスマートフォンを見ていると、あっという間に目的地に着いてしまいます。ところが時計を眺めていると、意外と時間がゆっくり流れている事に気が付きました。しかもその間は、無になるというか、脳が違う動きをしているような感覚になった。昔は"時計を着ける=時間に追われる"という印象でしたが、今は時計で時間を見ることは、膨大な情報から切り離された、とても贅沢な行為だと気が付いたのです。そこから生まれたのが、"道具としての時計"というアイディアでした。私が時計に求めたのは、お洒落さではなく"流れる時"を丁寧に表現することだったのです」

それを象徴するのが、文字盤の大部分を占める目盛りたち。12~6は外側に、6~12は内側にそれぞれ細かな目盛りを配し、長い秒針がその上を走る事で、"刻まれる時"を表現するのだ。さらに道具っぽさを引き出しているのが、6時位置に配置したリュウズだ。「時間を図る道具として純粋に考えてみたら、リュウズ位置はここが理想だった。針位置を精密に調整するには、この場所がしっくりくるんです」

時計のセオリーからすると異色だが、実際に時計に触れ、針を合わせてみると、驚くほど違和感がない。むしろ手の延長線上に針があるため、針合わせがしやすい。この提案に対しては、イッセイミヤケウオッチ側は困惑したが、違和感があるのは前例がないからであって、デメリットは全く無かった。時計に詳しくない田村だからこそ、先入観なくこのリュウズ位置が導き出され、そしてさらに道具としての魅力を高めていったのだ。

「モデル名の『1/6(ワンシックス)』は、機械式ムーブメントの振動数から。振動数が何を意味するのかわかりませんが(笑)、機械式ムーブメント特有の一瞬を刻んでいく秒針の動きが大切なのです。時計の中でも、特に機械式時計は"エモーショナル"な存在ですが、この時計は定規に近いかな。ピュアに時間を意識するための道具なのです」

膨大な情報の渦の中で暮らす都市生活者のために生まれた時計『1/6(ワンシックス)』は、一秒にも満たない今という瞬間を可視化し、その針の動きを楽しむという贅沢な時計なのだ。

Photographer: Laurel Golio

DESIGNER

田村 奈穂

田村 奈穂 | Nao Tamura

New York City, Parsons School of Design卒、デザインコンサルティングSmart Designを経て独立。現在はニューヨークを拠点に、Artek, Pyrex, Nike など家具からプロダクトデザイン全般、Panasonic社のグローバル展開、Lexusのインスタレーションを手掛けるなど幅広く活動中。ミラノサローネサテリテ最優秀賞(イタリア)、IDEA 金賞(米国)、IF Design Award(ドイツ)、ADI Compasso d’Oro International Award(イタリア)他、国際的なアワードを多数受賞。

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